「〆」(山白朝子)

人間の矛盾した心理を、鮮明にあぶり出している

「〆」(山白朝子)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

旅する「私」と和泉蠟庵の後を
追いかけるようについてくる
白い鶏。
「私」は小豆と名付ける。
二人は迷い込んだ村で、
折からの雨に風邪を引き、
寝込んでしまう。
二人を見舞って
村人が食料を届けるが、
それはみな
人の顔をしていた…。

江戸時代を舞台にした
怪談集「エムブリヲ奇譚」の中から、
本書「日本文学100年の名作第10巻」に
取り上げられた一篇です。
【一】から【四】の
四部構成となっています。
旅本作者・和泉蠟庵と
その付き人・耳彦(「私」)が、
旅先で奇妙な出来事に出会います。

この一篇で二人が出会う
「奇妙な出来事」の一つは、
まるで人間のように
二人の後を追いかけてくる
白い鶏・小豆との出会い。
【一】は、明るく爽やかな雰囲気に
包まれています。しかし
【二】以降は恐怖に包み込まれます。

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その村は、食べ物をはじめとする
すべてのものに人の顔が
浮かび上がっているのです。
はじめは天井の木目が人の顔に見え、
干し魚も人の顔に見えてきます。
蠟庵は「気のせい」だと諭すのですが、
「気のせい」などではありません。

風邪で動けなくなった二人に
村人が看病する
【四】の場面が秀逸です。
「まな板にのせられた魚は、
 三十代ほどの女性の顔であった。
 首のあたりに包丁をあてられると、
 恐怖を顔面一杯に広げ、
 なんとか逃げだそうとする。
 村人は手ばやく腹を割いた」

内臓は桶の中に
捨てられていくのですがが、
「私」は魚の臓物の中に一瞬、
妙なものを見つけます。
それは「臍の緒でつながった胎児」の
ようなものだったのです。

それらを食することに恐怖を覚え、
次第に痩せ細った
「私」が取った行動は…、
「小豆を〆て食うこと」でした。
「小豆が翼をうごかしてあばれる。
 どうしてこんなことを、と
 言いたげな様子である。
 小豆の首の骨が、
 私の手の中で軋む。
 嫌、嫌、と、あらがって、
 逃げようとする。
 死にたくない。
 そのような意志がつたわってくる」

人の外見を持つ食材を
口にすることができなかった一方で、
人の心を持つ鶏を喰らうことはできる。
人間の矛盾した心理を、
鮮明にあぶり出しているのです。
本当に恐ろしいのは人間。
これこそが本作品の持つ
真の「恐怖」なのでしょう。
エンターテインメントとしても
極上ですが、
そこに文学的主題を織り交ぜた点が
本作品のうま味といえます。

作者・山白朝子は乙一、中田永一と
同一人物であり、
売れっ子現代作家の一人です。
十分に味わいましょう。

※乙一の作品を
 読んだことはないのですが、
 読書とともに特撮鑑賞が趣味の私は、
 乙一構成・脚本
 (脚本は本名である安達寛高名義)の
 「ウルトラマン・ジード」が大好きで、
 Blu-rayで繰り返し観ています。
 ウルトラマンシリーズの中で
 群を抜くストーリーの面白さです。

「日本文学100年の名作第10巻」
 収録作品一覧

2004|バタフライ和文タイプ事務所
             小川洋子
2004|アンボス・ムンドス 桐野夏生
2005|風来温泉 吉田修一
2005|朝顔 伊集院静
2006|かたつむり注意報 恩田陸
2006|冬の一等星 三浦しをん
2007|くまちゃん 角田光代
2007|宵山姉妹 森見登美彦
2008|てのひら 木内昇
2008|春の蝶 道尾秀介
2009|海へ 桜木紫乃
2009|トモスイ 髙樹のぶ子
2009| 山白朝子
2009|仁志野町の泥棒 辻村深月
2013|ルックスライク 伊坂幸太郎
2013|神と増田喜十郎 絲山秋子

(2022.6.23)

Merlin LightpaintingによるPixabayからの画像

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